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『ローマ人の物語』を読んでいる

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年末の年越しも年始の連休もおもち(@abk)の家で過したんだけど、その時に おもちが塩野七生さんの『十字軍物語』を読んでいた。

丁度、チェーザレ読んだばっかりだったのもあって、その辺の話しとかをしてたんだけど、 その流れで勧められたのが このローマ人の物語だった。

 

物語といっても、これは紀元前ローマを舞台にした"おはなし"ではない。

歴史を"叙述"したものだ。

 

西洋史を正しく学んだ事がなく、雑学的に断片的にしか理解してない俺には丁度いい本だと思った。

2巻冒頭には、その巻で語られている内容が高校生の教科書では ほんの1文でしかない旨が内容と共に書かれているが、その後にこう続く

これ以外の諸々は、プロセスであるがゆえに愉しみともなり考える材料も与えてくれる、オトナの為の歴史である。

自身がオトナになれているかどうかは甚だ疑問だが、こういう愉しみを持てるくらいの余裕はできたようだ。

 

興味を持った人は分冊されて文庫になっているので、まずは1巻を手にとってみると面白いかもしれない。


20年前に刊行されたハードカバーで全15巻、それらが文庫に分冊されて10年前から去年まで刊行されていたもので43冊。

文庫は『背広のポケットにいれてもポケットが型くずれしない』をコンセプトに1冊が薄めになっているので、1月の中旬から読みはじめて1ヶ月分の通勤時間で14冊まで読み進める事ができた。

まだ先は長いけど、内容もおもしろいので、このままサクサク読めそうである。

 

全編通じての事でだけど、出来事を主体にするのではなく、主題に"ローマ人"とあるように人間を主体として全ての事象が語られている。

自身の世界史の不勉強さが際だつのだけど、日本で卑弥呼なんかが現れる1000年も前から、これだけ個人を主体に語れるだけの基盤があり、そしてそれが今まで伝わっているというのに驚く。

 

全部読んでから記事にしようかと思ったけど、脳内の鮮度が落ちていきそうなので、ここらで一旦blogにアウトプットしたくなった。

1 -ローマは1日にして成らず- (文庫1~2巻)

紀元前753年のローマ建国から紀元前三世紀ごろまでのイタリア半島統一までの物語。

 

ローマはなぜローマに作られたのか。

ローマ人は何故、各分野で他の民族に劣りながらも、ここまで隆盛を極めるに至ったのか。

何故王政として興ったローマが共和制という政体を取るにいたったのか。

 

この辺はローマが版図を広げていく過程の話しである為、さまざまな外的・内的問題を解決していく様が見れてとても面白い。

当時のローマを知る為には当時のギリシャも知っておく必要があるが、それらも合わせて解説を進めてくれる為、何の知識もない状態から読みはじめても非常に分かりやすく、詰まる事なく楽しめた。

 

2 ハンニバル戦記 (文庫 3~5巻)

数同士のごり押ししか無かった古代ローマ時代の戦争に、戦術の知を持った敵が現れた。

映画や歴史ドキュメンタリーなどで目にする機会が少なからずあるハンニバルが、どのような経緯で軍をおこしローマを攻め、そして何故 敗北を喫するに至ったかまでが物語られている。

 

ハンニンバルが戦いを決意するに至ったのは何故か。

ローマはどう敗北し、そして再起していったのか。

 

侵略者としてハンニバルではなく、本国からの支援を受けれず、孤独に戦い続けたハンニバルと配下たちには色々と感じる所がある。

  

3 勝者の混迷 (文庫 6、7巻)

カルタゴを破り、地中海の覇者となったローマ。

ここまで国家を反映させるに至った共和制のシステムが、規模の拡大と共に次第に力を失っていく。

そんな共和制末期につながっていく衰退期と、それを守ろうとした人々、そしてそれを刷新しようとした人々が描かれている。

 

護民官グラックス兄弟、民衆派マリウスと共和制の守護者スッラ。

この後に続くポンペイウスやカエサルの印象の強さに薄れてしまうが、スッラもカエサルと並び時代を作った人であった。

 

4,5 ユリウス・カエサル (文庫 8~13巻) 

ここからは、より個人に焦点をあてた叙述となっていく。

 

この『ローマ人の物語』シリーズは各巻が単独で読まれる事もある程度考慮している為、途中で◯巻で既に説明した  という断りがあるながら、青年期まではほぼ全て前巻までの内容と被っている。

(その辺の経緯は文庫P141の「三十七歳にして起ちはじめる」あたりで書かれている。

ずっと読んできた人はある程度序盤は読み飛ばしても良いかもしれないし、記憶の確認として読んでみても良いかもしれない。

 

さて、カエサルはハンニバルより、さらに現代人が目にする事の多い人物である。

正直ここまでは時代を代表する何人かの人を中心語られてきたのに、個人だけに絞った話になるのは残念だと思ったが、読んでみて納得した。

カエサルを語る事は、この共和制末期の時代そのものを語る事なのだと。

 

引用を引用する事になるけど、

「歴史はときに、突如一人の人物の中に自らを凝縮し、世界はその後 この人物の示した方向に向かうといったことを好むものである。(略)彼らは、国歌や宗教や文化や社会危機を、体現する存在なのである。......(略)これら偉人たちの存在は、世界史の謎である」 ブルクハルト『世界史についての諸考察」より

の通りだった。

 

ハードカバーで『ルビコン以前』『ルビコン以後』で分冊されている本作は、文庫では6冊にも及ぶ。

大変長いように思えるが、カエサル個人の人生を追っていく事の面白さといったらない。

本人の魅力も十分でありながら、回りの登場人物も非常に面白い。

読みおわってキケロが大好きになってしまったのは塩野七生の脇役を活かす妙もあろうが。

 

前編であるルビコン以前ではスッラによる共和制強化の恐怖政治の下で、いかに生きのび、政界への道を開いていくかが描かれる。

8年にも及ぶガリア戦記は結果を知っているにせよ、読んでいてドキドキさせられて 移動時間しか読書にあてないと決めていた自分の禁を破ってしまった。

  

 

後編のルビコン以後は「賽は投げられた」で知られるルビコン渡河から、「プルータスおまえもか」で知られるカエサルの死までが描かれる。

著者の言葉を借りるとガリア戦記と比べて『颯爽とした』点で劣るとされる『内乱記』の範囲は、カエサルのより人間的な苦悩を認識する事ができて、個人的にはこちらの方が好みだった。

  

読んでいて思った事

著者である塩野七生さんは学者ではないし、あくまでも このシリーズは物書きの書いた歴史叙述だ。

諸説ある中で選択されたものであり、また塩野さんが「こうなのではないかと思う」と断りをいれて補完している部分もいくつかある。

それを全て諸手をあげて信じるのではなく、これを受けて自分なりの歴史観を持てればと思う。

 

特に今迄自分が思ってもみたなかった考え方としては、現代人の尺度で測れない部分があるという事。

『帝国主義』という言葉にアレルギー反応が出る現代人だけど、これは産業革命以後の考え方であって、それ以前の歴史家は 帝国主義が『悪』であるといった捉え方はしていない。

そもそも歴史は単純に『善悪』で語られるべきものではない、という事を強く意識する。

 

と、まぁ難しい事は置いといて、面白いから読むといいよ!

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